Freedom Stutterring

みんな、吃音の悩みから解放されて新しい人生を創っていこう!!

過去を振り返ります その1

こんばんは!シュンです。

今回は僕自身のこれまでの吃音人生をつらつらと書いていこうかなともいます(^^)

 

僕のことを知らない人は何じゃこれ??って思うかもしれません(笑)

ただ、僕のことを元から明るい人だったんじゃないの?とか、元々コミュニケーションが上手かったんじゃないの?って先入観があると伝わらないこともあるかと思うので今回今までの過去を振り返ります♪

では、まいります。

 

 

僕は大阪のとある街で双子で生まれました。

ちなみに僕は弟の方です(^^)

我ながら当時は可愛くて近所の女子高生から人気があったのを覚えています♪笑

 

ただ、最初から僕のほうが吃音だったわけではなく兄の方が先に吃音を発症しました。

その後に僕も吃るようになったのを覚えています。

そして小学校に上がるにつれ、兄の方は吃音が治りました。

 

今では接客業でだいぶ出世してるみたいですよ(^^)

 

まあ、これは置いといて。

僕のほうはというと、当時は連発型の吃りでしたので国語の授業とかでよく吃ってはいましたが小学生ということもあり、全然気にしていませんでした。クラスでもよく喋り、友達もいっぱいいました。

 

が、しかし。

 

小学校を卒業前から思春期に入ってきたこともあり、自分がみんなと同じように喋れないことを気にするようになりました。

そして、中学校の国語の音読で散々吃りまくったのをキッカケにいじめられるようになりました。

 

当時の中学生の子供がトラウマが残るのには十分すぎるぐらい理不尽な出来事です。

そのたび、周りの目が怖くなり。人目を避け、静かに息を潜めるように過ごすこととなります。

 

今振り返っても本当に辛いのは、共感してくれる仲間が同じ中学校にいなかったこと。

当時は孤独感でいっぱいで、【自分は本当に不幸だ】

と思うようになりました。

 

そこからは、友達から何気なく言ったであろう【こいつ、面白くないな】とか【なんでお前はそんな喋り方をしてるの?】等の言葉で心がズタズタになり、家で泣いていました。

何で僕ばっかりこんな目に合うんだろう。不幸なことばかりだ。死にたい。

 

高校生になっても学校ではこんな感じでしたね。

そして高校1年生のときにスーパーでバイトを始めました。

これがもう始めから辛いことの連続で(笑)

 

レジ接客の練習で接客用語が言えずにお客さん、そして社員の人に怒られまくり。

担当は野菜の品だしだったのですがその部門の上司からは毎日怒られ。【その喋り方だとお前は社会に立ったら苦労する】とか【いや、喋られへんのに何で接客業してるねん】とか色々言われましたね。

 

別に悪いことしてないのに(笑)

 

そんな感じで当時未熟すぎる心には受けきれない様々な思いを経験するのでした。

今回はこの編で区切らせていただきます。

 

また次の記事も続きを書くので、また見てください(^^)

ではまた。